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沖縄うるま市女性強姦殺人事件① 〜事件から6年、事件考察〜

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どうもこんにちは、筑前です。今回取り上げる事件は昨日で事件から6年経ったという事件を取り上げます。

 

うるま市の当時20歳の女性が元アメリカ軍属の男に殺害された事件から6年となりました。 2016年4月28日、うるま市に住む当時20歳の女性が面識のないアメリカ軍属の男に襲われ殺害されました。 女性の遺体は恩納村の雑木林で見つかり、その後の裁判で元軍属は殺人などの罪で無期懲役が確定しました。 事件から6年を迎えた28日、県の元政策参与で遺族と親交がある吉田勝廣さんが現場に献花台を設けました。 ▽遺族と親交がある吉田勝廣さん 「父親は話をするたびにいつも涙を流して、夜中にでも音がすると娘さんが帰って来たんじゃないかなと(思うと言っています)。沖縄県民の意思がどうあるべきかもう一度考えてもらいたいなと思います」

 

この受刑者の名前はシンザト・ケネス・フランクリンと言い、シンザト受刑者は当時、アメリカ軍属でした。シンザト受刑者は勤務終了後に女性を強姦しようと考えて車を走らせ、そこで偶然被害者が通りかかり、シンザト受刑者は先回りして後をつけ、人目が無い事を確認すると車を降り、背後から近づいて被害者を棒で殴打。さらに首付近をナイフで刺して抵抗出来ない状態にするも、目的を果たせず、一連の暴行で被害者は殺害した。さらに発覚を免れる為に遺体をスーツケースに入れて車に積み、雑木林に遺棄した。これだけ見ると死刑になってもおかしくない事案ですが、求刑は無期懲役でした。何故かと言うと事件当時に警察が狂気として使われたスラッパー(被害者を殴打した棒)しか結局発見することが出来ず、シンザト受刑者の自供を待つしかなくなってしまった。警察が本人が普段から乗っていた米軍関係車両を調べると被害者のDNAが検出され、それを問い詰めると「散歩中の女性を棒で殴って強姦し、遺体は山の中に捨てた」と自供したようです。そしてシンザト受刑者は遺棄現場に案内し、その現場で供述通りに被害者の女性の遺体が発見されたため、シンザト受刑者は死体遺棄容疑で逮捕されました。その後に強姦致死、殺人容疑で再逮捕されました。また、家宅捜査の際にシンザト受刑者の家にはサドやマゾ、ホラー系のビデオが大量に発見されています。実際、自供のおかげでシンザト受刑者は死刑を免れました。以下は検察側の論告求刑です。

 

シンザト被告が犯行の詳細を自供した死体遺棄容疑での逮捕直後の供述について「犯行を具体的に再現しており、信用性が認められる」と主張した。また「スーツケースなどの道具がすべて車に偶然積まれていたなどあり得ない。計画的であることは明らかだ」とも主張した。その上で「棒やナイフなどを使った一連の犯行で、被害者が死亡する危険性は高かった」と指摘。暴行の実行行為に着手した時点で殺意は認められ、殺人罪は成立するとした。そして「何の落ち度もない被害者の生命と未来を奪った犯行で、結果は重大だ」と指摘した。また、犯行態様や謝罪や反省の態度もないこと、遺族の処罰感情などを踏まえ「死刑求刑も検討に値した」と述べた。だが、「被告人が逮捕前に犯行を自供した上で遺体現場に警官を案内し、日本国内での前科がない」などの事情も考慮して「死刑求刑は躊躇せざるを得ない」とした。

 

結局求刑がこうなってしまったのは警察がスラッパー以外の証拠や被害者の遺体を発見できなかったからでしょう。それのせいで自供に頼るしか無くなってしまった訳ですから。そしてシンザト受刑者の生い立ちも軽く見ると、ニューヨークのハーレムで育ち、母親が極貧だった為にシンザト受刑者を育てることが出来ず、そのためにシンザト受刑者は男親も知らない環境で育ちました。母親は息子の育児を放棄してしまった為にシンザト受刑者は里親の元を転々として育ったという事です。また、シンザト本人によると8歳の頃から頭の中で声が聞こえると訴え、何度も死のうとした事、育ての母親(里親)に虐待され、里親を殺そうと思った事を語っていましたが、虐待について育ての母親は否定しています。こんな環境で幼少期を過ごしたせいなのか、シンザト受刑者は高校時代から大人になるまでずっと女性を拉致して強姦するという妄想をしており、それをずっと抑えていたと言います。そして彼はその犯罪を実行する手段を持っていなかったが、内なる声がずっと彼に語りかけ、それが4月28日の夜に爆発してしまったという事です。被害者の女性は同居する恋人との結婚を間近に控えており、メイクの専門資格を取るという夢を持っていたようですが、彼女や周りの人の幸せな日常は異常者であるシンザト受刑者によって一瞬で粉々にされてしまいました。ただ強姦したいという理由で車を走らせてたまたま通りかかった被害者の女性を殺害するのはもはや通り魔的な犯行で、何も酌量の点はありません。しかし警察が証拠を見つけられなかったせいで自供に頼るしかなくなり、それが裁判になって1つの死刑回避の理由となってしまったという訳です。もし警察が証拠を見つけられても、日本の司法では被害者が1人のわいせつ目的殺人では死刑判決が出ない場合が多いです。死刑判決がたとえ出たとしても基本的に高裁で無期懲役減刑されてしまいます。よく言われている事を言ってしまいますが永山基準というのを無くしたらどうでしょうか?永山基準というのは連続射殺事件を起こした永山則夫元死刑囚に死刑判決が下された際、最高裁で示した死刑判断基準です。被害者が1人でも死刑になる場合は以下の場合です。

 

・過去に別の事件で無期懲役を課せられたのにも関わらず、その仮釈放中に再び殺人を起こした場合

・高度な計画性がある場合(身代金目的殺人、わいせつ目的殺人、保険金殺人)

・被害者への性犯罪の既遂、特段の残虐性などが重視された場合

です。

しかし、今の時代で高度な計画性を用いた身代金目的殺人が早々起きる事は無いと思うので死刑の基準を少し下げた方がいいんじゃないかな?と思ってしまいます。例えば新潟小2女児殺害事件の小林遼被告も被害者の遺体を線路に遺棄してそれを電車に追突させてバラバラにさせるという残虐さですが、こちらも無期懲役の判決が出ています。小林遼被告の死刑回避理由は「裁判員裁判で審理されたわいせつ目的殺人では死刑判決が出ていない、同種事件と比べて残虐と言えない」という理由です。1つ目の理由に関してはもはや裁判長が完全に量刑を考えるのを放棄してしまっているとしか思えません。2つ目の理由に関しても恐らく比べている事件は被害者1人で死刑判決が下されたわいせつ目的殺人の奈良小1女児殺害事件や三島女子短大生焼殺事件と比べているんでしょうが、これらの事件はとんてもなく残虐な事件で、これを基準にしてしまうのはあまりにもハードルが高すぎると思います。なので個人的には被害者1の事件で死刑判決は基準を下げるべきでは無いのかと思ってしまいます。